【若者の○○離れ】「尻尾を切って生きる」ことは恥なのか。捨て去る生活を選ぶということ

トカゲの目をクローズアップしたアイキャッチ画像

皆さんこんにちは、シロネコ書房(@shironeko_shobo)です。

 

昨今、断捨離とか、ミニマリストとか、結婚しない人生とか、いわゆる「持たざる暮らし」が流行ってますよね。

また、お酒やたばこなどの嗜好品を若者が買わなくなった、「若者の○○離れ」なんてのも聞きます。

お金と物をたくさん手に入れることこそが、豊かで幸福な人生を送るための必須条件!……みたいな数十年前の価値観からすると嘘みたいな話です。

 

そう思うと、この「持たざる暮らし」は、既存の価値観に対する見直しと反発、つまりは一種のカウンターカルチャーとして育ってきたものなのではないかと考えられます。

個人が情報を簡単に発信できる環境も手伝って、世の中に多様な価値観が浸透してきた一つの証なのでしょう。

「結婚なんてしないほうが幸せ!」と、一昔前なら非難されるような種類の幸福についても、個人が選択権を与えられる世の中になってきているのです。

 

ただ、あくまでも仕方なく、かつて「普通の幸せ」だと言われていたものを切り捨てなければならない人々も現れてきています。

そして、世間はそういった人たちにひどく冷たいのです。

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「捨て去らなければ得られない」人々

数十年前の価値観における「人生の幸せ」の定義はとても分かりやすいものでした。

 

社会に出たら、就職して、結婚して、子育てをして、家を買い、車を買い、安定した生活を送る。

こんな感じの、定式化された「人生の花道」が存在していたのです。

そして人々は、これを凡人でも手に入れられる「一般的な幸福として認識していました。

 

ところが現代では勝手が異なります。

今の日本の経済状態はお世辞にも良いものとはいえず、特に若い人たちの多くが苦しい生活を強いられています。

そして、そうした現状を上の世代、特にバブル時代を経験した大人たちはよく理解できていないようなのです。

※詳しくはこちら

【ゆとり世代】現代の若者はなぜ孤立を好むのか。価値観とモノがあふれる世界がもたらしたもの
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別の記事で考察しましたが、現在、中小企業に勤める20~50歳の男性正社員の平均年収は356万円となっています。(大企業でも464万円

日本の男性正社員の半分がこの額で1年を過ごしていると考えれば、先ほどの30歳で500万円という男性はかなり努力されていることになりますね。

 

また、この数字は、日本の労働者人口の4割を占めるという非正規労働者や女性労働者を含めればもっと下がっていきます。

現代は、「30歳で500万ないのは恥ずかしい」という価値観の時代とは比べ物にならないほど貧しい世の中になっているのです。

 

※併せて読みたい(年収統計についての考察もここで行っています)

【晩婚】結婚しない男女が増えている3つの理由。僕らは自分を愛しすぎている!
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そのような中では、かつての「当たり前の幸せ」は獲得することすら難しく、むしろ生活を維持するために何かを捨て去らなければなりません。

 

例えば、「結婚はしたいけど、自分たちの経済力じゃ育てられないから子供はあきらめよう」という夫婦がいます

また、「そもそも自分の稼ぎや器量じゃ……」と、結婚そのものをあきらめる人もいます。

そして、ローンを払うのも一苦労だからと家を買わない人がいれば、お金の無駄だと酒やたばこといった嗜好品、高級時計やブランド品を買わない人も増えているのです。

 

彼等はいずれも、困窮する社会のなかで生きていくための「トカゲの尻尾切り」として、これまで幸福とされてきたもの達を切り捨てたのです。

ピンチに陥ったからと大事な物を捨て去るのは辛いことですが、それ故に生存戦略としては極めて有効な手段といえるでしょう。

全部は無理でも、一部を捨て去ることで別に得られる幸福があるならその道を選ぶ。それが、今の若い世代の幸福の価値観なのです。

 

しかし、「普通の幸せ」が全部そろって当たり前の上の世代の方々にとって、若者たちのそういった選択は「意味不明」なものでしかありません。

 

強要される幸福

「そんなの無理っすよ・・・」とつぶやくトカゲ

自分と違うもの、理解できないものに、人は不安や嫌悪感を抱く生き物です。

 

結婚をしない、子供を作らない、車を買わない、家を買わない………etc.

そうした選択をする若者たちに、大人たちは「気持ち悪さ」「不気味さ」を感じます。

「一体こいつら、何が楽しくて生きているんだ」と。

 

そして、同時に「普通の幸せ」も得られない、なんて可哀想で恥ずかしい連中なんだと蔑むのです。

身内ともなれば、その傾向は特に顕著でしょう。

 

・息子や娘が30過ぎてまだ独り身で…………。

・早く孫の顔が見たいのに、一向に子供を作らないのは親不孝以外の何物でもない!

・いまだにアパート暮らしで、いつになったらマイホームを持つのやら。

・妻を働きに出しているとか信じられない。この甲斐性無しが。

 

上の世代の「普通の幸せ」は、このようにして若者たちに強要されます。

その幸せが、今の時代どれほど恵まれたものとして扱われているかが見えておらず、ただ結果のみを要求するのです。

 

イサコ
その程度、頑張ればだれでも手に入れられるだろう!だって「普通の幸せ」なんだから!

 

そう言って。

 

それはお節介か、エゴの押し付けか

上の世代の方たちも、心の底では「幸せになって欲しい」と思っているからこそ、若者たちにあれこれと勧めるのでしょう。

しかし、当の若者世代からすれば、それは余計なお節介にすぎないのです。

 

ここまでの話は、次のような会話に置き換えられます。

父親トト
このビーフカツうまいぞぉ!お前くらいの年の時なんて、父さん達はみーんなこれ食べてたんだ(2800円)。ほら、お前も食え食え。

 

息子イサコ
(うわ値段高っ……)あぁ…そう。俺はこれでいいよ(900円のミートスパゲティ)

 

父親トト
はぁ?父さんたちの好きなものを否定するのか!いいから食べろ!奢ったりはしないけどな!

 

言ってしまえば、ここまでの話は、上世代からの同調圧力に若者が苦しんでるってだけのことなんですよね、

 

自分たちの価値観に認知的不協和(注)が生まれないように、若い世代に「自分たちの幸せ」を強要する。

こんなものは、もはやエゴの押し付けでしかありません。

自分の幸せの価値観を肯定するために、他人の幸せを否定しているだけなのです。

 

「普通の幸せ」の一部を切り捨ててでも、必死に己の幸せを探そうとする姿はそんなに恥ずかしいものでしょうか。滑稽なものでしょうか。

恵まれない中でも前向きに自分の幸せを見つけていこうというその姿勢は、むしろ讃えられるものではないのでしょうか。

 

手放すことだって、そうそう簡単にできることではありません。

捨てきれない思いを超えて、それでも捨て去ることを決めたその覚悟は相当なものです。

そう思うと、私にはその「尻尾切り」が勇気と決意の証に見えてくるのです。

 

認知的不協和

人は、自分が持つ様々な知識に対して協和状態(矛盾がないこと)を求める。

自分の持っている知識の間に不一致が生じると、心理的に不快な状態を生じさせ、それを排除しようとする。

今回の場合、「一般人なら得られて当然の幸福」を若者たちが拒否することから、この不協和が生じている。

※認知的不協和について詳しくはコチラ!

【認知的不協和】私の選択は正しかったんだ!そう思いたい心は、自分自身にも嘘をつく。
自分の持つ知識や感情に反するような物事に触れた時、人は「認知的不協和」という不快感を伴う心理状態に陥ります。こうなると、次に人はどうにかしてその状態を解消しようと努めます。そして大概の場合、人は自...

 

まとめ

現代は、昔に比べて個人の所得も下がり、当たり前だとされてきた生活を維持することも難しい状況にあります。

「日本人は安定を望む傾向がある」なんてさんざん言われていますが、その「安らかに定まれる」生活基準にも世代間の差があるんです。

そうした事実を放り投げて、「これが普遍的な幸せなんだ!」と自身の幸福論を振りかざすことは、正義でもなんでもありません。ただのエゴです。

 

一人一人、それぞれの「自分の幸せ」がある。

そのことを理解する人々が増えれば、無駄な言い争いも、葛藤も、少しは緩和されるのではないかと思います。

 

「自分の幸せとは何か」を問いただし、答えを見つけたら、それ以外の不要な部分をそぎ落としていく――。

それは、生きることをあきらめていない者の行いです。

勇敢な尻尾切りたちは、今日も精一杯生きています。

 

それでは、今回はこの辺で。

ではでは、またまた

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ABOUTこの記事をかいた人

シロネコ書房

物語とコーヒーが好きな一般成猫。横浜市の隅っこで暮らしています。人の「心」について興味を持ち、日々、ふむふむと勉強中。 このブログでは、これまでに学んだ「毎日を生きやすく、楽しく暮らす」ための心のノウハウを、Life Hack(ライフハック)ならぬ「Cocoro Hack(ココロハック)」と称して紹介していきます。